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ソーレとアーキルは二人きりになり、大きな溜息を吐いた。 喜びと深刻さが、ふたりの精悍で整った顔を彩っている。 それは、くすんでいるようにも輝いているようにも見えた。 「----アーキル、ルーナは確実に覚醒しつつあるな……」 「ああ。解っている」 アーキルはそっと目を閉じると、苦悩に満ちた声で呟く。 迷いと苦しみ。 そして誇らしさも滲んだ、複雑の感情の繭の中にいると、ソーレは感じずにはいられない。 「あいつが天性に備わった、非常に強いヒーリングの力を、上手くコントロールして使えるように、おばば様に頼まれて、今までは弟子として医術を教えてきた。確実に成長はしてきたが、今までは亀の歩みだった。それが、今回のエスメラルダの件で、ヒーラーとして、一気に力をつけてきている……。間もなく、本当の意味で目を覚ますだろう。その時に俺たちが傍にいて、あいつの力のコントロールを助けなければならん」 「ああ。そうだな。月の子のヒーラーとしての力は、帝国としても保護をしていかなければならないと思っている。幼いころからおばば様に預けられ、来るべき日のために準備を進めてきたのだからな。だが、あいつが、あの力をコントロールするには、かなりの試練が待ち受けている。それが、月の子が耐えられるかどうかだ……」 ソーレもまた目を伏せる。 ルーナの力の強さを理解しているからこそ、あの素直で明るい無邪気な性格を理解しているからこそ、ソーレもまた苦しくなった。あの素直な性格を、歪めたくはなかった。 「運命重き子だ……。強い力を母から受け継ぎ、強気束縛を……」 ルーナの素直で明るい笑顔を思い出し、ソーレは言葉をしぼませる。それ以上は言ってはならない。ソーレは自戒する。 これ以上言えば、ルーナの笑顔が曇ってしまうような気がする。聞いているわけではないのに。 「今回のエスメラルダの件が成功すれば、あいつはヒーラーとして大きく成長する。だが、師匠として、今まで見護って来た者としては複雑だな。あいつには成長して欲しいが、傷つかないためにもこれ以上は成長してほしくないと思ったりもする。俺は師匠として、全く勝手な男だな……。あいつには、本当の世界を見せたくはないと、真実を見ずに、いつまでも温室のような場所で、護ってやりたいとも思う。不可能であるということは、解っているんだけれどな」 アーキルは自嘲気味な苦笑いをフッと浮かべながらも、その瞳をやるせなさでいっぱいにさせていた。 「帝国の為には、いつまでも温室でルーナをいさせるわけにはいかない」 ソーレは冷酷に突き放したように言いながらも、その眼差しから苦悩を消せなかった。 自分がルーナと接しているのは、帝国の為だ。帝国の騎士としての責務だ。 理性ではそう思いながらも、心の奥底では苦い気分だった。 願わくは。 ルーナには、今と同じように純粋な気持ちを持ち続けて欲しい。 あの眩しい笑顔を曇らせたくない。 ずっとあの笑顔を見つめていたいと、ユーグは思う。 それは決して叶わない。叶えてはならない願いだと解っているが。 「帝国の為……か。あいつを、そんなことで翻弄させたくはない」 アーキルは感情を押し殺した声で呟く。魂の奥底から絞り出した感情であることは、ソーレには良く解っていた。 ソーレ自身もまた、本心では同じことを思っていた。だが、帝国軍人として、アーキルと同じことを口にすることは出来ない。 「お前の気持ちは解る。俺も、最初に月の子を見た時の印象はデカかった。あのような無邪気な少女が、まさか、国を救ってしまえるほどの、強力な力を兼ね備えているかもしれないとは、到底解らなかったからな……。月の子の良い部分をこのまま伸ばしてやりたいと思うのと同時に、力をコントロール出来るようになることで、あの天真爛漫さがなくなってしまうのではないかという危惧もある。だから、とても難しい」 ソーレは遠回しに自分の気持ちを伝えた。アーキルと同じように、ルーナの一番純粋な部分がなくなってしまうのではないかと、危惧をしているのだから。 クリスタルの月のように輝くルーナを、ずっと傍で護ってやりたい。 見ていたい。 そう思わせる。 「出逢う前ならば、月の子が性格を歪もうとも、俺は一向に構わなかったかも知れない。だが、月の子に出逢ってしまった。あの無邪気なところは、ずっと持っていて欲しい」 出逢ってしまった----もうなかったことには出来ないのだ。 ソーレの言葉に、アーキルは身体の奥から深い溜息を吐いた。 「そうだな。俺もなんとか歪めずに見護ってやりたい。あの素直な気質は、たとえヒーラーでなくとも、人のこころを癒し、そして救える」 アーキルの言葉に、今度はソーレが頷く。 「明日からの成長が楽しみであり、怖いな……、アーキル」 「ああ」 二人は、ルーナのことを思い複雑な思いを抱かずにはいられない。 帝国にとって、ルーナのヒーラーとしての力は、必要だ。だが、ルーナには成長こそすれ変わって欲しくはない。 男たちはそう願わずにはいられなかった。 |