メールの着信音を聞いて、総てが終わったことを悟った。 顔を合わすのが辛かったから、きっと最後はメールでけりをつけようと思ったのだろう。 最後まで卑怯な男だと思う。だが、愛したことには、かけらすらの後悔はなかった。愛しただけ、愛情は帰っては来なかったが、それでも人生に於いてかけがえのないひとときを過ごせた事には、感謝している。 携帯電話のカバーを開けて、最後のメールを確認した。 心が震え、それに連動するように指先も震えていた。 ”別れてくれ。ごめんな” シンプルでかつ必要事項が伝えられている。 胸をえぐられる言葉ではあるが、回りくどく言われるよりは、何万倍マシだと思った。 メールの新規画面を開いたところで、親指が震える。こんな事は生まれて初めてだ。まるで動揺する心臓が、親指と一体になったみたいだ。 真っ白な画面を見ながら、真っ白な頭で文面を考える。 結局、何を打っていいのかが解らなかった。 くどくどと厭味なメールを送っても蟠りが残るだけだし、かといって未練じみたものも、プライドが許さない。結局は、何を打って良いかが解らない。 魂の奥底から困り果てた溜め息が出た。 声に出して言われるよりも、文章だけのほうが無機質で冷たい分、心にくる負担が大きい。 声ならば、出してしまえばスッキリするところはあるが、文章で繋がれただけの言葉は、悶々といつまでも心に深く遺る。 言の葉は、人に歓びを与える反面、傷つける部分があるのを、よく解っているから、悩んでしまう。 メールを新規作成にしても、何も思い付かない。何も書けやしない。 ただ相手のメールアドレスを見つめていると、今までの想い出が記号のようなアルファベットから溢れ出してきた。 お互いを意識し始めた頃のこと。 照れ隠しにデレデレに酔い潰れて、初めて結ばれた日のこと。 寒い夜に脚を絡め合わせて温め合うのもステキだった。朝が来なければと思ったものだ。 古い映画に憧れて、一緒に行った海外旅行。私だけがお姫様になった気分で、駆けずりまわったローマの朱い夕日。 そういえば、場末の温泉で、海を見ながら演歌まがいのことだってしたことがある。 いつも私に付き合ってくれていた。 なのにそれを当たり前だと思っていて、あなたを労ることを忘れていたね。 だから疲れ果てたあなたに気付かなかった。 想い出が、スターウォーズの冒頭シーンの星が流れていく映像みたいに、目を離せば見逃してしまうぐらいの速さで、心と脳を駆け巡る。 胸が痛くてこのまま潰れてしまうのではないかと、強く思った。 頬に雫が落ちる。私はそれを涙だと思ったが、違っていた。 雨だ。 昊が私の代わりに泣いてくれている。 そう思うと、何故か今度は素直に泣けた。 声を上げて、私は号泣する。 洟を啜り、化粧が剥がれて子供みたいなすっぴんなるの三木にせずに。 そう雨が仮面を剥がしてくれる。化粧をして、大人を装う私を、本来の姿に、傷つきやすい子供の姿に戻していく。 小さな女の子のままの…。 雨音が私の所業を総て隠してくれるから、大丈夫だ。 魂の気が済むまで、私は亡くした自分たちを悼んだ。 ずっとふたりは一緒だと思い込んでいた痛い過去を葬るために。 呻くように気が済むまで泣いたら、スッキリした。 雨が上がり、脳天気なほどに良いお天気になる。 太陽の粒のような雫の煌めきに、新しい人生が始まると思う。 私は今度はしっかりと携帯と向き合う。 あのひとのアドレスを選択し、ただ一言だけ入力する。 ”有り難う、さよなら” それだけを打ち込んで、さばさばした気分で送信すると、今まで悩んでいたことが馬鹿馬鹿しくなるぐらいに、晴れやかな気持ちになった。 私はプレゼントされた指輪を外し、それを鯉に餌をやるかのように池に投げる。 想い出が水音と供に消えていくのが解った。 もう私は振り返らない。 過去にも、指輪にも。 女はタンカーみたい。方向転換するのに時間がかかるけれど、いざ決心してしまえば、男より潔く振り返らない。 私もそうだ。 タンカーなのだ。 電話に遺るあのひとのメモリーを全て消し去ると、堂々と歩き始める。 夏を告げる陽射しの中で----- |