6〜黄昏〜
プリプリしていたのに、いつの間にか眠っていたらしい。 黄昏が深い闇を作り出し、疲れ果てたような陽射しが、襖を通して部屋に差し込んできた。 目を開けると、お先と目が合う。ぼんやりとした頭を抱えながら視線を這わせると、お先にひざ枕をさせている。心臓か止まってしまうのどはないかと思うぐらい、びっくりしてしまい、私は跳び起きた。 「お、お先、あ、あの私!?」 髪を慌ただしく調えながら、私は言葉すらもおぼつかない。 「いつの間にか寝ていたかと思ったら、俺の膝を枕代わりにしやがったんだよ」 私はいつの間にか寝ぼけてそんなことをしていたのかと思うと、無防備さが恥ずかしくてしょうがない。 「ご、ゴメン! だ、だってさあ…、まあ、眠るのは人間の三大欲求で…」 私はわけの解らないことをしどろもどろに話しながら、お先からゆっくりと離れていった。 恥ずかしいからこんなに鼓動が早いのだ。愛とか恋とかそんなことは、表面に現れていないよね。私は自分に言い聞かせながら、ただごまかすように笑った。 お先は相変わらずニヤニヤと笑っている。憎たらしいぐらいに余裕のある顔に、私は忿懣やる方ない気分だった。 「余裕があるんだお先」 「何が」 お先は相変わらず飄々としている。黄昏の陽射しがお先のせいびにまで整った横顔を、精悍に照らしている。 何時ものお先とは印象が違い、どっしりとした人間としての大きさを感じた。 「…煙草ねぇのか…」 お先はひとりごちると、手持ちぶたさに、長い前髪をかきあげる。その仕種に強く男を感じた。 私はじっとその横顔を見つめながら、お先が自分とは違う性を持っていることを感じずにはいられない。 私は余りにドキドキし過ぎて、何だか落ち着かない。体育座りをして小さな女の子のように膝を抱えている。 「…綺麗だぜ、ほら」 お先はゆっくりと襖を開けて、外の様子を見せてくれた。 柔らかな茜は、庭の草花を自分色に染め上げ、自己主張している。東の空を見れば、すでに深い青色に染まっていた。 眠りの時間だ。 僅かな時間に繰り広げられる自然のマジックが、私の心を癒してくれた。毎日、毎日、繰り返される営み。その普遍な美しさに、私は泣きそうになっていた。 「こっちで唯一気に入ったのは、この夕焼けだよ」 人間に究極の癒しを与えてくれるのは、結局は自然の美しさなのだと思う。私はじっと見つめながら、勇気が湧いてくるのを感じた。 たとえこれからどのようなことが起こったとしても、自然の美しさ力強さが、私に沢山の勇気をくれると感じた。 それに横にはお先がいる。ひとりじゃないから頑張れる。 「ねぇ、お先。お先にとってはね、今の状況は、受け入れられること? 元の時代に帰れるって保証はないじゃない? 本当に私たちはどうなってしまうか解らないじゃない。しかもお先はこの時代のことを何よりも研究しているじゃない? 先が解っているじゃない? なのにこうして、こんなお城に閉じ込められて。どんな気分なの? 研究が進められてラッキー? それとも困ったことが起きたって思っている?」 私は、まるで子供が疑問に思ったことを沢山ぶつけるかのようにお先に質問し続けた。途中で呼吸をすることも忘れてしまうぐらいに話したものだから、途中で息が途絶えて噎せてしまった。 「大丈夫かよ!? うるさ」 お先が大きな掌で私の背中を撫でてくれる。そのリズムがまるで子守歌のように心地良く、私は思わず目を閉じた。 「…そうだな。確かに俺はこの時代を一番研究しているし、正直、ラッキーな面もある。だが、正直、混乱しているぜ。こんな激動の時代の、しかも先が解っているところに投げ込まれて、身代わりだって!? 俺は頭が混乱しているさ。ま、お前が身代わりだと言われるよりかは、随分とマシだけれどな」 お先は沈む黄昏に視線を注ぎながら、どこか他人事のように呟く。 私もまた、今、自分がいる状況が信じられない。どうしてこんなことになってしまったのか、ただ戸惑うばかりだ。 「何とかなるだろう、心配すんな」 「お先らしいね」 私が笑うとお先は綺麗な笑みを浮かべた。 「なあ、俺達がこっちに連れてこられたのって、やっぱり地震しか考えられねぇんじゃない?」 「確かに凄い揺れだったけれど。あれが原因と言えばそうかもしれないよね」 確かにお先の言う通りだ。私たちは酷い揺れの後、気がつけばこの時空に飛ばされていたのだ。 しかも今研究中の時代と場所へ。 「だったら、地震が起これば戻れるかもしれないってことだよね? お先が研究していた古文書とかに、そのあたりのことは書かれていた?」 「確かに、地震が明日、二回ほどあるはずなんだよ」 お先は記憶を手繰るように言い、その眼差しは今まで見たことがないぐらいに真摯だった。 「…二回も?」 「ああ。流石に古文書だし、正確なところは書かれてはいないんだけれど、確かに二回だ。時間はあやふやだ。俺が読んだ古文書にはどれにも正確な時間は記されてはいない。ただ、何があった時に起こったことだけは書かれているんだよ」 お先は顎の下で指を組むと、考え込むような仕種をする。綺麗な元の姿に戻ってからその仕種をすると、まるでモノクロームフィルムで見た映画俳優のようだった。 「いつなの?」 いつしか闇に包まれ、私たちの周りにある空気は緊張を帯びてくる。私は鼓動を激しく高めながら、浅い呼吸をした。 「…ひとつは静姫が貼付けされようとされるギリギリの時間で激しい戦闘が起こっていた時。もうひとつは、静姫が神に召された瞬間だということだ」 「神に召された瞬間…」 反芻しながらも、私は背筋に冷たいものが競り上がってくるのを感じる。何だか激しい胸騒ぎがして、冷や汗が脇や背中に滴り落ちた。 「神に召されたってのも、本当のところは解っちゃいねぇらしい…。焼け跡には、いくら捜しても、静姫と思われる遺体は見つからなかったらしいからな」 お先は眉を深く潜めると、気難しい顔をした。 「結局、俺が識っていることといえば、古文書のことだけだし、あの頃に、どれだけ真実が刻まれたかというのも疑わしいからな…。その辺りは見極めねぇといけねぇけれどな…」 お先の瞳の奥に、歴史学者としての洞察力の鋭さが光っている。私と違い、お先はかなり冷静だった。 だからこそ私自身の道標になってくれる。 「…だったらなるべく、その戦いのどさくさに紛れて、帰れるのに越したことはないんだよね」 「まあ、そういうことだな」 お先は頷くと、まるで私に希望の光を見せてくれるかのように笑ってくれた。 すっと襖が開けられる音がして、私たちは同じタイミングで振り返る。せこには若様が立っていた。 「お前たちに話がある」 若様の甘い顔が厳しいものになり、あまり良いことではないと私たちは悟っていた。 |