夏祭り


 今でも夏になると、私の心は小躍りをする。太鼓の音にお囃子を聞きながら。、神輿を引くのが何より好きだった。
 大阪の祭りと云えば、誰もが思い浮かべる天神さん。日本三大祭にも数えられている、由緒あるお祭りだ。
 しかし、私にとってのお祭りは、大阪天満宮での派手なお祭りではなく、地元の地区で、町内を練り歩く、お神輿引きだった。
 町内の子供がおそろいのはっぴを着て、練り歩く誇らしさも大好きだったし、「わっしょい、わっしょい」と叫びながら、お神輿の綱を引っ張るのも大好きだった。
 しかしやはりメインイベントは、休憩時に出る、よく冷えたお菓子ちゃんたち! アイスに、ラムネ、コーラ、スイカ! ああ、パラダイス!
 一回に付き3時間30分の炎天下の練り歩きは、当然、4、5回の休憩をはさむ。そのため、1日で8回ほどの休憩タイムが入る。当然、1回の量は、おなかを壊さないようにセーブされている。
 が、しかし・・・。
 私は、子供のころ、大人受けがよく、当然お祭りの役員のおっちゃんや、おばちゃんにかわいがられていた。特に、酒屋のおばちゃんは、私のことを男と思っていて、その美少年ぶりにめろめろだった・・・、らしい。「将来は女泣かせになる」と評判だった。(女が女を泣かせてどうする)
 そのせいか、休憩ごとに、役員のおばちゃんからの、冷たいおやつの横流しが横行した。
 実に、コーラ2本、ラムネ3本、アイスキャンディ2本、アイス最中2個、スイカ3切れ・・・。書いてて気持ち悪くなったが、とにかくそれだけの冷たいおやつを、宵山の午後の3時間で一気に食べた。断ったり、友人にあげればいいものを、3姉妹のおやつ争奪の中でもまれて育った私が、そんなことをするわけがない。ぜーんぶ完食!
 食べまくって上機嫌で家路につき、明日はどれだけ食べれるかとほくそえんでいった。
 夕飯のとんかつも、3ばい飯を食らって大満足!。(注)当時の私は、がりがりでした。
 しかし・・・、幸せな時は永くは続かない・・・。
 夕食から30分後、私のおなかが祭囃子をかなではじめた。
 外からは、祭囃子がピーひゃらら。私のおなかもピーひゃらら。
 ズンどこドンのピーひゃらら。ピーひゃららったら、ピーひゃらら。
 祭囃子と、私のおなかは、まるで「かえるの歌」のように輪唱を奏でた。
 当然、私は「トイレの住人」になり、ゲイリー・ク−パーとお友達。ああ「昼下がりの情事」
 顔色をなくし、唇は土気色。その姿は「インド人もびっくり!」「インド人チャダ」(私は演歌歌手のこの人のことはよく知りません)←知ってるやろ。
 トイレにずっと居座り続け、家族がトイレに用があるたびに出ることを繰り返した。
 そのせいかちびってしまい、翌日まで汚したパンツの数が13枚!
 翌日の洗濯竿には、まるでコレクションのように私のパンツが彩りを添えた。
 しかもどれも同じ星柄パンツ!
 母親が通信販売で買った1枚50円のパンツ。
 大量仕入れは、このようなときに対応できます。
 だけど、私はどうしても翌日のお祭りに行きたかった。2日チャンと行くと、借りたはっぴと引き換えに、おもちゃがもらえるからだ。
 しかし母はそのことに気がついてか、はっぴを隠してから仕事に行った。もちろん中学生だった姉が監視役。
 私は、朝からはっぴを探して、お祭りに行くチャンスを覗っていた。
 姉が友達と電話している一瞬隙をついて、私はまんまとはっぴを探し出し、逃げるようにお祭りへと向かった。
 もちろん、冷たいおやつもそこそこ食べたが、もう何も出すものがなかったせいか、何も起こらず、無事にお祭りが終わり、私はおもちゃを手に入れた。
 その後の私に待っていたのは、5キロの激痩せと、お説教でした。


コメント

スミマセン、汚い話で・・(^^:)ちなみにこれは、私が11歳のときのノンフィクションです。



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